歌で醸される郡上風土酒

かつて郡上では、暮らしのすみずみにまで歌があふれていた。草刈りや田植え、茶摘みや桑もり、糸引きや馬引きといった無数の作業唄のなかで、酒造りの唄はないのだろうかと出会い頭に問われたことがある。その人こそ、郡上大和の酒蔵である平野醸造において、新ブランド「日月五星」(ひつきごせい)を立ち上げ、杜氏の日置氏とともに「郡上風土酒」という新しい銘柄を仕込んだ深尾和代さんだった。

2019年に郡上カンパニーという共同創業プログラムの第3期に参加。酒米の田植えから酒造りのプロセスを、地域の方や飲み手とともに共有し仕込まれた「一から百酒」をリリース。 2020年4月には地元愛知から郡上に移住し、現在では珍しい木桶仕込みの日本酒を作るという挑戦を始めた。そして2021年1月16日、まだ日も明けぬ厳寒の酒蔵には、蔵人たちの声とそれを見守る人たち、各報道陣が集まっていた。金属のタンクが立ち並ぶなか、目の前には、お米、麹、水という実にシンプルな素材を「添え、踊り、留め」という二段階で仕込んだもろみが、木桶のなかで静かに眠っていた。

もともと深尾和代さんは、ビールや味噌といった発酵食づくりを趣味にもちながら、郡上にたびたび訪れていたという。その旅先で出会う洲原や長滝、石徹白の白山神社に魅了され、ついには白山に登拝するまでになった。驚いたのは、山頂に至るところでこんこんと湧き流れ続ける水だった。自然と自分もまたこの郡上を潤す湧き水で仕事ができないかと夢想した。もしかして趣味の発酵と湧き水が出会うのは、お酒なのではないかと。

ただのもの好きで、酒蔵や山々を巡っていた当時からすると、今となっては自分でも追いつけないほどに新酒づくりの船に乗せられているというが、この師走の早朝に集まったのは、木桶の中の麹菌を目覚めさせ、お酒になるための発酵を促すよう「祝い唄」を奏上することにあった。このために、「祝い唄継承会」の後藤直弘氏が、「郡上伊勢音頭」の歌詞を「郡上風土酒」のために新たに作詞し、音頭をとった。明治創業の木造の蔵は、継承会の面々による朗々たる唄声でこだまし、これまで眠っていたものが目覚めるような震えがあった。冬の寒さの震えが、蠢動の予祝となった目出度いひとときだった。

深尾さんは、この郡上の土の下に響く巌の鳴り、それが風土を作り、私たち生き物を生かしめていると感じるという。できる限り、その響きを邪魔しているものをとりのぞき、よりよい音を奏でてもらえそうな鳴器、条件、場所を調えてやることで、美味しい酒ができるのではないかと考えている。木桶は、温度管理も難しく、その状態は常に不安定だ。だが、そうやって呼吸している物だからこそ、菌は心地よく棲めそうな状態を探し続け、人は手入れを欠かさない。「郡上風土酒」はそうした揺らぎのある風土から3月3日に生まれた。甘くしなやかで切り立つ味わいをもつこのお酒をぜひ堪能してみてほしい。あなたにはどんな風景が立ち上がってくるだろうか。

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