【郡上藩MONO蔵屋敷vol.3 -1】暮らしをつなぐ味噌煮 〜愛と知恵の郷土食〜

味噌煮という旨味とナゾの衝撃

味噌煮を食べた時の美味しさとそれを越えるナゾ感は、鮮烈だった。少しの水で地味噌をとかし、ただありあわせの野菜を煮詰めているのだが、旨い旨いとひたすらそれだけで白ご飯が際限なく食べられる。そこから、味噌煮がもつナゾというか魅力に引き寄せられていった。

なんでお肉が入っていないのか。どうしてお玉でとらずに箸でつつくのか。なぜ味噌煮をする鍋の下のカセットコンロの火は落とさないのか。もっとある。なんで郡上人は表立って味噌煮自慢をしないのか。なぜ飲食店で見かけないのか。味噌を煮詰めるという味噌汁のタブーを破っていられるのはなぜなのか。味噌が水でとかせるくらい、郡上の味噌がゆるいのはなぜなのか。どうして必ず漬物を入れたいのか。

そして何日も味噌煮をひきずりながら食べ続ける、足し続けるという郡上人のナゾ習俗によって、カレーかチョコレートのようにドロドロになっていく見た目。それと相まって味噌煮のナゾは深まるばかり。だが、この数年で一気に食べる機会が増え、謎の点と点がつながりはじめた。

発酵食

それに、折しもここ10年でおとずれている発酵ブームによって、味噌そのものが日本最大の発酵文化であることが再認識されている。そんななか郡上の味噌煮は、味噌汁とは違う味噌の食べ方、固有の地味噌文化としてとして関心が高まっていて、それを作ったり食べたりするワークショップやツアーが組まれているのだ。私もそうした動きに同伴しているうちに味噌煮愛が芽生え、味噌煮の出自が気になるようになった。

私自身、郡上に味噌煮という料理があると知るまでに、随分時間がかかったのは、それが決してよそゆきの料理ではなく、お店ではほぼ存在しないからだ。郡上ならではのオススメご飯は?みたいなことを他所の人に聞かれて紹介できるのは、お店の好みはおいといて、鮎の塩焼き定食やうなぎの蒲焼き、かつてのホルモン焼きである鶏ちゃん、牡丹鍋(猪)や最近注目されつつあるジビエ料理、要するに飲食店で食べられるものであり、畢竟お肉にしぼられていきやすい。つまり郡上の家庭でないと味噌煮は登場しない。

後に、味噌煮が唯一食べられるお店を知ることになるのだが、そこでも鮎や飛騨牛といった動物性たんぱく質には見劣りがするせいか、まさにそのお店で味噌煮にお肉が入ってないことを知って、お肉の入っているメニューに変えるという現場に出くわしたこともある。わざわざ観光地まで来たからには、ということなのだろうが、そもそも目にとまらなかったり、魅力的にうつらない可能性は十分に高い。

だが、ここで先に言ってしまうと、味噌煮は日々の、家庭の食事でありながら、肉汁のような極度の旨味をもった惣菜である。よそであれうちであれ、お肉を食べることを満足感の基準とするなら、その「リッチな味わい」(by 小倉ヒラク)に匹敵する料理なのだ。にも関わらず、ただ地味噌で煮るだけという、なんの料理技術もいらない味噌煮は、調理法ではなく、食べ方やそれを食べつないで来た背景に、歴史や多様性がありそうだ。

郡上藩MONO蔵屋敷vol.3は、郡上一円に広がる縁の下の味噌煮文化、というローカルを掘ってみたい。それがただかき混ぜてみるだけで終わるのか、暮らしをつなぐ郷土食という必然性の先に、グローバルで普遍的な自然観に触れるものとして立ち現れてくるのか、美味しいワクワクがおさまらない。

【郡上藩MONO蔵屋敷】

vol.3: 暮らしをつなぐ味噌煮 〜愛と知恵の郷土食〜(郡上藩江戸蔵屋敷)

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